射手座っぽいの



01. 恋模様、自称ムードメーカーの初恋
02. わたしは見てみたい
03.
04.
05.
06.
07.
08.



※▲でここに戻ります。
※時系列もCPも滅茶苦茶です。
※詳しい説明とかはおいおい。











  01.恋模様、自称ムードメーカーの初恋

 初恋は淡く儚いものだと、誰かに聞いたことがある。叶わないものだとも。
 いったいどこのどいつが言い始めたことなのかは知らないが、俺に言わせてみればそんなのガッツが足りなかっただけだ! と反論してやりたい。気合いさえあれば、例え玉砕したっていつか日の目を見ることだって、あるかもしれないじゃないか。
 大事なのはふられたとしてもそいつを思い続けるだけの自分の根性と、相手の周りに悪い虫が付かないための裏工作だ。恋の駆け引きとも言うな。努力を怠れば実るものも実らなくなる。それは恋だけではなく、生きる上での行い全般に言えることだろ?
 まあ学校の成績や起床時間の遅い早いへの努力なんて、多少努力を怠ったって跳ね返ってくるのは自分だけだが、恋だけは手を抜いちゃダメだ。一度の失敗で、取り戻せなくなってしまうのが恋だ。俺は尊敬している祖父ちゃんからそう教わったし、俺自身も深く身に刻みつけている。
 いままで恋、なんてものを知らなかった自分に、それを焼き付けるだけの魅力を兼ね揃えている人間は、なかなかいないものなのだ。そんな人物に会えるチャンスは意外と多いようで少ないし、会えたとしたならば最大限の努力をせよ。口を酸っぱくして、祖父ちゃんは何度も孫へ言い聞かせた。祖父ちゃんは祖母ちゃんが初恋で、押しの一手で祖母ちゃんを口説き落として結ばれた人だ。
 そんな祖父ちゃんに育てられた一人娘――俺の母親だ――は祖父ちゃんの言葉を忠実に守り、やはり一目で恋に落ちた。通り過ぎわの士官学校生に、その場で告白したんだそうだ。士官学校生――俺の父親だ――は目を白黒させたらしいが、突然のことにも関わらずすぐに頷いた。なぜなら二人はそこが初対面ではなく、母は父のことを知らなかったが父は以前から母に思いを寄せていて、だから母からの告白は棚から牡丹餅だったのだ。だから、初恋が実らないなんて迷信だと、俺の家では言われている。
 直感を信じよ。雷のように全身を劈いた恋の予感は、実るべくして己に降りかかる。そしてそれは相手にも言えることで、自分が感じた衝撃は必ず、相手にも訪れているものだ。
 この家訓を話したことのある友人などには「見かけによらず一途なんだね」などと言われたりするのだが、それはかなりあとになってからだ。そのときすでに俺は雷に似た衝撃を感じた人物に会っていて、そいつだけを追い掛けている最中だった。
 俺の初恋は、士官学校に入学する前、いや、幼等部にすら入学する前に訪れた。
 視線が大人の腰にも届かない頃だから、自分の初恋はかなり早い部類だったと思う。近くにいたきれいな女性たちに抱くような憧れめいたものではなく、まさにその出会いはそれからの自分の行く末を決めた。雷なんて生ぬるいものではなく、さっきまで見ていた景色は本当にあったのか不安になるほど、作りかえられてしまった。
 もしかしたら、俺はあのときに初めて、この世界で産声を上げたのかもしれない。

「なによあんた。用でもあるの」

 初めて聞いた声はむっすりとして、見つめていた顔は眉間に皺を寄せたとても不細工なものだ。けれど、顔立ちの整っている人間はどんな表情をしていてもそれは美しく――年齢的にいえば可愛らしく――見えるもので、口を尖らせてむすっとした仏頂面でも、そいつはたいそうな美人だった。
 気まぐれに足を踏み入れた中庭は細部まで手が入っている庭園で、周りには緻密な計算で配置を決められたバラがいまが人生の謳歌のときだと咲き誇っている。風が吹くたびに青臭さとほのかな甘さを漂わせて、赤も白も黄色も花弁を揺らしていた。
 バラの棘も気にせず、そのうちの一輪を手折って握り締めている少女は、自分が今まで出会ってきた同い年の誰とも様子が違っていた。普通ならば棘を嫌い、庭師か従者を呼びよせて、美しく整えたそれを手にするだろう。自分たちの立場であれば。それが当たり前のことだから。
 誰か呼ぼうか、と自分は声をかけた。花を摘みたいのであれば、剪定バサミを用意したメイドを呼び寄せて、好きな花を言えばいい。好きなだけ花を集め、あっという間にきれいな花束にしてくれるはずだ。
 自分の一言に、少女は呆れたような、馬鹿にするような目を向けて来た。あんたも一緒ね。あのくだらない奴らと同じね。視線はそう語っていた。
 正直に言おう。たった数分の視線の攻防で、自分は非常にムカついた。俺は別段変なことを言ったわけではなかったし、バラの棘が柔らかい皮膚に突き刺さってやいないかと心配さえしたのだ。ぎゅっと握り締められた拳の中に、茎についたままの棘がどれほど潜んでいるのか分からない。
 花が欲しいのならば整えられたそれが欲しいと言って、何が悪いんだ。なんでバカにされないといけない。
 こちらがむっとしていることに気が付いたのか、気にしていないのか。呆気なく少女は膝元に群生しているバラへと視線を戻した。もう自分には興味がないと言われたようだった。
「……なんだよおまえ。言いたいことがあるならはっきり言えよな! すげー態度悪いぞ!」
 家族の前ならいざ知らず、まったくの赤の他人の前では絶対に使ってはいけない粗暴な口調で、自分はつい怒鳴ってしまった。こんな乱暴な言葉は立場としてけしてしてはいけないと、父母にも家庭教師にも何度も言われていたのに。
 ――あなたも上へ立たねばならない者なのです。その自覚を、常に持たねば。
 生まれながらにして、決まっていること。そこに年齢は関係ない。一人で地を踏みしめ、他人の言葉を理解できるようになってからは、強制的に刷り込まれる『人の上へ立つ者の責任と義務』は、絶対で逆らうことなど許されなかった。
 例え相手が同じくらいの子供であろうと、気軽に「よう」なんて挨拶をしてはいけない。馴れ馴れしくちゃん付けで名を呼んでもいけないし、呼び捨てだってもっての外だ。自室から一歩でも外に出るときは正装でなければいけないし、外出するときは従者を最低でも二人付けること。
 格式であり、身を守るための盾でもあった。油断をすればどこから敵が忍び寄ってくるか分からない。家と家の、表面上は和やかな付き合いの裏で、家督と継承権の争いは切り離せないものだ。父母はその『責任と義務』を、くだらないものだとよく顔を顰めていたものだけれど。『責任と義務』に価値を見出している奴らの方が多いことも、父母は知っていた。だからこそ自衛のために、自分にもそれを叩きこんだ。
 いつもだったら使い分けることができていたのに、そいつの前でうっかり剥がれてしまったのは、そいつにも自分と同じような。みんなが普通だと思って行っていることが、実はくだらなくて価値のないものなのだという真実を身に溜めているのだと、嗅ぎとってしまったからかもしれない。
「……あんた、見た目はもやしだけど。他の奴とはちょっと違うみたいね」
 少女は最初、乱暴な俺の口調に目を丸くしたけど。こちらが想像するような『普通』の反応はしなかった。『普通』なら「淑女にそんな礼儀知らずな言葉、信じられない。お母様に言いつけてやらなきゃ」と嫌悪感いっぱいで睨みつけられるか、「ひどいっ」と目の前で泣き喚かれるか、だ。そのどちらとも違った。
 楽しそうに、面白そうに。そいつはにやりと笑った。新品のおもちゃを前にした無邪気なものではなくて、キッチンでコックの目を盗んでつまみ食いをしていたのを「あんたも同志ね」と見つけたような、そんな悪どい笑みだった。
「バラはきれいよ。好きなの」
 そいつはもう一本近くのバラを手折った。もぎ取られたそれはばさりと茂みを揺らしながら、少女の手の中に収まる。二輪の棘の付いたままのバラを、そう言えば俺自身もこんなに間近で見るのは初めてだった。男の自分にバラの花束が贈られてくるわけがないし、母に送られている花束は量も多く、棘はすべて取られきれいに整えられて包装されているのが常だった。
「でも、本来棘があるのが当たり前なのに、あたしの前に届くのは取られたものばっかり!」
「怪我したらあぶねぇじゃねぇか」
 不満そうな少女に、今度は俺の方が呆れた目線をくれてやった。お前みたいな粗暴な奴、危なく過ぎて棘が付いたままなど、心配で渡せたもんじゃない。顔から突っ込みそうだ。
 棘が付いていないだけで地団太を踏みそうなくらい悔しがっている姿に、礼儀なんてかなぐり捨てて、猫を被る気も失せた。こいつもそういうのを気にしていないようだったし、告げ口なんてこともするような奴にも見えない。
「そこよ! おかしいじゃない。庭師だって女中だって危ないことは変わりないのに、どうして私が自分でやっちゃいけないの? 後継ぎだから? 皇帝の継承権があるから? 指に棘が刺さったくらいじゃ、死ぬわけでもないのに?」
 やっぱりこいつ、変な奴だ。見た目は深層の令嬢で、それはおそらく正しい。会話の端々からおそらく自分とは「ライバル」になる奴だろうけど、他のライバル候補とは違う。変な奴だ!
「それがあの人たちの仕事だからっていっちまってもいいけどさ」
 きっと、そんな返事を求めているわけではないんだろう。ギッと強い眼差しで睨まれる。
「やりたいなら庭師に頼めばいいだろ。俺はこの前銀食器磨いたぜ! 楽しそうだからやらせろって頼んだんだけど、すげー面倒だからもう二度とやらねぇって思ったな。でもはまると面白いぜ」
 父母にすら教えていない秘密事を教えてやると、そいつは吃驚したように俺を見つめた。
「頼む?」
「そうだよ。怒って拗ねるのはいつでもできんだろ? やれるかどうかまずは確かめろよ。それで出来ないようなら、こっそりやればいいだけじゃねぇか」
 見つからないように、こっそりとな。
「……あんた、変なヤツね」
 俺は驚いた。さっきまで顔はきれいだけどどっか我儘そうで、できれば近寄りたくない奴。変な奴で、この先ライバルになるだろう、本当なら親しくなってはいけない奴だったのに。
 そいつは眩しいと思えるほど、嬉しそうに笑った。無邪気で、可愛くて、ずっとこんな風に笑っていればいいのにって思えるような、笑わせていてやりたいなって思うような、そんな顔で笑った。
「お前だってそうとう、変だ」

 俺の初恋はきっと、このときから始まった。俺の一生を変えた、初恋だ。






  02.わたしは見てみたい

 ……突然の声明にもかかわらず、集まってくれた皆さん、本当にありがとうございます。
 この場にいない方にも、私の声が端末を通して、この星にいるすべての方々に、きっと届くのだと思います。それは私の肉声ではありませんが、私の思いであることに変わりはなく、私の発した言葉であることに嘘偽りもありません。
 これからお話しすることは、王族としての、発言力のある私が宣言したいことではなく、皆さんとともに道を歩き、手を取り合い、隣で笑い合う一人の友人として、家族として、お話ししたいことなのです。
 私は皆さんがご存知のように、人とお話しすることがあんまり得意じゃありません。
 気持ちばかりが先走ってしまって、言葉が思い浮かばずしどろもどろになってしまうこともしょっちゅうで、親しい人たち相手にすらそんな会話しかできない私は、知らない人相手だと口を開くことすら、出来なくなってしまう。
 いまも手も足も体全体が震えて、みっともないくらい声がうわずっている。滑稽に見えるかもしれません。
 舞台へ上がるための短い階段すら踏み外してしまう私ですが、でも、これだけは伝えなくてはいけないと思いました。この話だけは、この星に住んでいる人たち、ううん、できればもっともっと、遠くの人のところまで届けばいいと、思います。
 情けなく震えた私の言葉に、どれほどの力があるのかはわかりません。でも、伝わればいいと、願っています。
 私の祖母……いえ、おばあちゃんから、聞いたお話です。
 私たちの住んでいる星は、緑豊かなところでした。
 暖かな木漏れ日は大地を照らして、海辺では潮の香りがする風が吹きました。キラキラ輝いている水平線には、朝早くから漁をしている船が見えて、彼らは毎日、日々の糧を持ち帰って来てくれます。当時は車も少なくて、移動手段はもっぱら徒歩か馬車に頼るような生活でした。
 いきなり増えた車や駐車場、空港の整備と同時に宇宙港が出来たのは、おばあちゃんがまだ少女だった頃。
 夜空に浮かぶまばゆい星へ向かって飛ぶ定期便は、一日に何本もなく、地上から宇宙ステーションへと人を運ぶシャトルが上がるたび、みんな大きな音に耳を傾けて物珍しそうな表情で見上げていた。
 海辺の宇宙港から、私たちの星に降り立つ人もいました。旅人は、曲がりくねった大きくて長い道を城下町へと進まなければ、その日の宿にすら困るほど、当時の私たちの星は自然のものしか溢れていなかった。
 城下町へ着くまでの道のりには一面の緑と、動物たちが長閑に寝そべっていたりして、その子たちを飼う人が道行く旅人に気さくに声を掛けてくれる。こんにちは。いったいどこから来たんですか? 早く町までいかないと、あっという間に日が暮れて真っ暗になっちゃいますよ。よろしければ、この一頭をお貸ししましょうか。その傍らから、もーって牛さんが相槌を打ったりする。
 建物から一歩でも外に出れば、立ち込める堆肥の香り。土地を豊かにする肥料の匂いが初めは鼻を突き刺すけれど、一時間、一日、一週間もするとたちまち気にならなくなる。土と一体化して、種の養分となり、緑へ返る循環の、最初の香りです。
 そんなものが、この星には溢れていました。
 私は、その香りを、この木漏れ日の下で嗅いだ事がありません。
 私と同年代の方のほとんど、ううん、全員と言ってもいい。農業プラントならともかく、宇宙港から出てきてすぐになんて、きっと嗅いだ事はないでしょう。
 私たちがおばあちゃんと違う土地に移ったわけではありません。私たちはおばあちゃんが住んでいたところと同じ家に住み、同じ言葉を話し、同じ風に吹かれて生きてきました。
 ですが、私は牛の鳴き声をこの耳で聞いたこともないし、漁をするための船が海を漂っているシルエットも、見たことがありません。それは、私が王族だからというわけじゃない。みなさんもお分かりになると思います。
 水平線に見えるのは無骨な大型掘削機を積んだ作業船。まっすぐに伸びた何本もの鉄骨とレーンが、常に稼働しながら地響きみたいな音を立てている。重い響きのほかにも、鉄の杭が打ち込まれる甲高い悲鳴みたいな音だって聞こえる。それは同じものが陸地にもあって、緑一面だった地面は掘り起こされ土の色に、そしてコンクリートに埋められていきました。
 掘り起こされた土は川を汚し、海を汚し、魚は姿を消し、その近辺では海鳥も消えてしまいました。
 私たちが望んだものはなんだったのでしょうか。たくさんの軍艦でしょうか。何本も惑星から生えているような鉄骨でしょうか。
 ……工場で合成される牛乳に、あたたかさがあるんでしょうか。
 私の手はシミも傷もひとつもない。美しいとよく言われる手です。皺もなく、爪だって一度も折れたことはありません。何も知らず、守られてきた手でしょう。……そのために必死に努力してきてくれた人たちを、傍にいてくれた人たちを、蔑ろにしたいわけではありません。
 でも、わたしはおばあちゃんのしわくちゃの手が大好きだった。
 あの手で、おばあちゃんは牛の乳を搾ったことがあると自慢げに話してくれた。あの手はきっと、私たちが忘れてはいけないものだと思うんです。
 後悔をしないか? と聞かれたら、私は「いいえ」と言うでしょう。
 だって、そこで「はい」なんて答えてしまったら、私は嘘つきになってしまう。本当は怖い。このままの暮らしでも満足している人だって、みなさんの中にもたくさんいらっしゃるはずです。
 ですがここで声を途切らせてしまったら、私を信じている人、立ち止まりそうになっても手を引いてくれる人たちみんな、その人たちの気持ちを裏切ってしまうから。そして、王族としてではない私の、大事だと思ったものも消してしまうことになるから。
 私はただ、みんなと一緒に笑いあって、楽しく話しあえて、自分が知っている人も知らない人も笑顔で幸せであればと、それだけが望みです。
 だから、この小さな壇上から、みなさんに問いかけます。王族としてではなく、一人の人間として。私たちがほんとうに必要としているものはなんなのか。残していかなくてはいけないものは、なにかを。

 私は見てみたいんです。スモッグで覆われた空ではなく、まぶしくて涙が溢れてしまいそうだと聞いた、青い空を。かつてはこの大地の頭上に、当たり前にあったものを。
 みなさんは、どうですか?