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2010.12.09 「ミスター&バトラー」本文サンプル

冬コミで発行予定の新刊の本文サンプルです。
ご主人様アルフレッドと執事のアーサー、ほかにフランシスやセーシェルやトーリスやフェリや色々登場しますがメインは米英です。米英です。大事なことなので二回言った上に強調しておきました。
A5変形型、おまけのメモ帳がつきます。
表紙とメモ帳デザインをいつも描いてくださっているakiさんにお願いして、ほんとうに可愛いものを作って頂きました!
ありがとうございます!

本文サンプルは冒頭のセーシェル視点を抜粋しておりますが、本編はアルフレッド視点です。


続き
 この屋敷に来てからすでに数年の月日が経っているけれど、私が雇われてから以後新しい使用人を増やすことはなかったので、私はいまも下っ端のままだ。
 下っ端というのは雑用係とか便利屋とか、とにかくピラミッドでいう最下層の下の下に位置しているので、上の重石たちがのほほんと乗っかっている間も延々とその重量に耐え続けなければいけない。
 つまり、私は無慈悲な上下関係によって朝起きてから夜眠るまで、息継ぐ間もなく仕事を言いつけられている。
 文句なんて口に出そうものなら「それがお前の雇われている理由だろう」と、あの無茶苦茶で横暴な執事の野郎が言いやがったりするので、簡単に愚痴だって言うこともできない。
 確かに文句は言えないほどのお給料ももらっているけれど、たまに、本当にごくたまーに忙しすぎるので、もう一人くらいメイドを増やしたりしませんか、と言いたくなるときだってある。だって人間だもの。
 その訴えすらもあの凶暴な似非紳士は鼻で笑いやがりましたが。「そんなの仕事の遅い人間の言い訳だな」という嘲笑付きで。とことん人を見下す、人間性の劣悪な奴だ。だから眉毛がびっくりするくらい太いんですよ。あれは絶対、極悪な性根に涙を呑んできた人々の切なる呪いに違いない。
 まあ、目が覚めてからベッドに入るまで、というのは少し大げさすぎるかもしれない。就寝以外でも、使用人の食事の時間とティータイムはゆっくりと過ごすことができる。それも雇い主の気まぐれで流れるときもあるけど、旦那様は滅多に、ご飯を食べていたり、休憩をとっている私やトーリスさんを呼び出すことはない。
 旦那様のベルは大抵、優秀で敏腕らしいあの執事を呼び出すためのものだ。
 辣腕たる執事が珍しく他用で対応できないときなど代わりに行くと「それならあとでいいよ」なんてあっさりと言われたりする。執事でなくては相談できない仕事のことやお屋敷のことなのかもしれない。ピラミッド最下層の私にそのあたりはよくわからないけど。
 それを考えれば執事たるあの眉毛が旦那様の右腕として忙しく立ち回り、さらに屋敷の管理のためにたくさんの仕事を一人でこなしているんだなあと思わなくもないが、同情や尊敬をするには性格が悪すぎる。
 もうちょっと可愛げとか素直さとかあれば……いや、あっても気持ちが悪くなるだけの気がする。想像の産物だとしてもやはり極悪執事は憎たらしい眉毛のままが一番しっくりきます。
 でも、昔はこんなに忙しくなかったらしい。旦那様が――アルフレッドって呼んでくれと初対面のときに言われましたが、間髪入れず眉毛に怒られていた――この大きなお屋敷を相続する前はご婦人が一人で暮らしていて、彼女が遺言状で旦那様に財産を譲ると発表するまで、この邸宅にはたくさんの使用人がいたみたいだ。
 素晴らしい経営手腕により、一代で財を成した彼女が病に倒れ床に臥す頃には、最低限の使用人しか残さず、婦人のお世話はあの眉毛がほとんど行なっていたと、当時からコックをしていたフランシスさんから聞いた。
 ちなみにフランシスさんは私をこの屋敷に紹介してくれた人だ。今から思うとどうして余計なことをしてくれたんだと怒りたい。給料はすっごく良いけど、あんな性格激悪の執事がいるなんて聞いていなかった。事前に聞いていたら勤めなかったのかと聞かれると、当時貧困に喘いでいた自分を振り返れば難しいところではあるけれども。
 とにかく、そのご婦人と養子縁組をして財産を相続した旦那様は、引っ越してきた頃には使用人がフランシスさんと眉毛しか屋敷に残っていない状態で、さすがにそれでは大きな屋敷の維持も主人の世話もできないからと、トーリスさんと私が住み込みの使用人として採用された。住み込みじゃないお手伝いさんなら、もうちょっといるんですけどね。
 大きな邸宅は部屋数も多い。使っていない客室を始め、毎日すべてきっちりベッドメイキングして掃除をしなくちゃいけないけれど、旦那様があっさりと「使ってないんだからたまにでいいよ!」と言ったので、ちょっとだけ気楽になった。
 眉毛はすっごく不満そうだったが、それならもっと住み込みの使用人を増やしやがれと断固戦う姿勢です。これだけは譲れません。あの量は私とトーリスさんと眉毛だけじゃ絶対無理ですって。そこにフランシスさんを動員してもスズメの涙ってやつです。
 そんな大きいお屋敷をあっさりとあげちゃったご婦人と旦那様の関係はちっともわからないが、遺産相続のためにアメリカからイギリスに引っ越してきたときには、いろいろあったみたいだ。遠い親戚とかなんとか、お金持ちによくある骨肉の争い的なことが。お金はたくさんあると嬉しいけど、ありすぎてもよくないもんっすね。
 私はちゃんとお給料がもらえて毎日楽しく暮らせたら、それで幸せですけど。そうじゃない人も多いんですね。
 困った親戚筋の対応に頭を悩ませている執事の背中を見つつぼやいたら、呟きが聞こえたフランシスさんに頭を撫でられたのもずいぶんと前の話だ。
 今日も私はそのお給料のために、旦那様の洗濯ものを抱えて洗濯室へと向かう。
 旦那様は働かなくても遊んで暮らせるほどの十分な財産を持っていると聞いているが「それじゃあ人生がつまらないじゃないか!」といろんなところに投資したり、自分から出かけたりしている。
 それが机上で終わるような書類仕事や投資ならいいけれど「遺跡の発掘現場で一緒に採掘してくる!」だとか「建設費を貸した牧場の羊と遊んで来るんだぞ!」とか、出かけてしまうことも度々あるので、資産家の当主とは思えないほど衣類が汚れる。ブルジョワが羊と遊ぶって……私も動物は嫌いじゃないですけど、魚の方が好きっすね。
 こうして旦那様が邸宅に籠っている時間はほんのわずかで、有能執事は頭をたびたび痛めているみたいだけれども、私としては旦那様は気さくでいい人だし、威張ってばかりのよその名家のご主人様より、彼の下はよっぽど働きやすい。
 この家で唯一気に入らないのは嫌味ったらしい執事だけで。でもそれだって我慢できないほどじゃない。私が大人になって対応してやればいいだけの話だ。
 籠いっぱいの洗濯ものだって、旦那様に奥様がいるわけでもないし子供もいないから、汚れの度合いが激しいだけで量はしれている。
 さして量の多くない洗濯ものの入った籠を、おいしょと掛け声をあげて持ち上げた。中身は全然汚れていないシーツだ。あっという間にきれいになるはずだから、空いた時間はキッチンに顔を出してつまみ食いでもしよう。今日の賄いはなにかな。
「ただいま!」
 心が弾む想像をしていると、ちょうど通り掛かった階段から、大きな声が響いてきた。階下は玄関ホールへ続いている。そしてこの声は間違いなく、我らの雇い主のものだ。
「アーサーを呼んできて! 面白いものを見つけたんだよ!」
(ああ、また始まりましたよ。泥んこまみれの洗濯ものが増えるんだろうなあ)
 そう思いながら、とりあえず私は洗濯籠を洗濯室へと放り込んで、玄関へと足早に向かった。
続き

11:59 | オフライン