学ヘタパラレル
01. ポルターガイスト1
02. ポルターガイスト2
※なんとなく「ホラーハウス」と繋がっているような。
※サイトでは完結しません
※▲でここに戻ります。
01.ポルターガイスト1
夏季休暇が終わった学校はどこか活気に満ちていると思う。
ホームカミングの準備がそこかしこで始まっているのも、理由の一つかもしれない。秋の大イベントのひとつであるホームカミングは、父兄や地元をも巻き込んであの手この手で生徒たちが盛り上がる、祭典みたいなものだ。
このために友人とバンドを組んでライブに備えたり、出店もあるから趣味を持っているひとは販売の計画を練ったり、ほんとう、様々な企画が溢れている。本番である当日ももちろん楽しいんだけど、この準備期間のわくわく感もずっと続けばいいのにと思わずにいられない。
俺が一番楽しみにしているのは、一週間お祭り騒ぎを続けるホームカミング中に行われる、アメフト大会だ。
他の学校からのチームも参加するし、この学校でもチームがいくつかに分かれるので、トーナメント方式の試合は白熱したものになる。去年は出遅れてしまったから、今年こそはチームに貢献したいし、ヒーローはどんなときでもナンバーワンでいなくちゃいけないんだ。
準優勝で終わってしまった去年など、アーサーはともかくフランシスにはヒーローの名折れだなと散々からかわれた。あれには腹が立った。
自分は「あんな野蛮なスポーツ、お兄さんには論外です!」なんて参加せず、高みの見物の癖にと苛立ちは増したけど、負けてしまったことは事実だ。今度こそあの鼻っ柱を優勝トロフィーでへし折ってやる。
何よりも、練習にはちっとも見学に来てくれないアーサーが、こっそり差し入れをしてくれたり――ロッカーの中にスコーンが突っ込まれていたときは正直へこんだけど――練習試合に勝ったときも自分のことのように喜んでくれるから、やっぱり優勝を掲げてもっと良いところを見せたい。
恋人同士なら、当たり前の欲求だろう。
恋人、マイラバー、スイートハート。言葉はなんでもいいけど――いや、スイートハートはちょっと勘弁して欲しいかな――俺と彼、アーサーとはそういう関係だ。
あんな偏屈といたら、息が詰まる。君はよく一緒にいられるな。俺にそう言ったものは知らないだろう。
頑固でへそ曲がりなあのひとが、もう顔の一部になっているんじゃないかってほどくっきり深く刻んでいる眉間の皺を、なくす瞬間があることを。
きょとんとしたり、ぼんやりしていたり、滅多にないことだけど照れ臭そうに笑ったりしたときの顔を。
それは瞬きをしている間にかき消えてしまうほど希少なものだから、目に止める人間はもっともっと少なくなる。
その前に、アーサーがそんな表情を浮かべられるようになるほど親しくなるまで、ほとんどが彼の傍にとどまらない。どうでもいいと判断した人には儀礼的で割り切った付き合いも出来るのに、仲良くしたくて一生懸命になると、途端に口は重く無愛想になるんだ。
もちろん彼が意地っ張りなのが原因だから、すべての非はアーサーにある。
人気者の自分のようにとは言わないけど、明るく社交的で、皮肉を交えずフランクに会話をすれば、みんながみんな立ち去っていくことはないし嫌われることもない。ちゃんと頭では分かっているくせに、彼は実行に移すことが出来ない天の邪鬼だ。
まあ、それが、アーサーなんだけど。彼を象っているものの一部分だから、なくなってしまったら俺が大切にしたいと思う彼じゃなくなってしまう。
だから無理に直せなんて言いたくはないし、なによりも、自分の中のある事情のためには、彼が不器用で素直じゃない方が嬉しいだなんて……思わなくもない。絶対に言ってはやらないけど。
俺と過ごすプライベートの時間の少なさに文句が言いたくなることはあるけれど、俺は常にヒーローとして尊敬されるべき行いをしようと心掛けているから、自分以外と親しくしたらダメだなんて、そこまで彼を独占しようとは思わない。
数えるほどしかいなくても――仲の良し悪しは別として――彼と近しいものは自分以外にも存在しているので、気の抜けた子供みたいな寝顔も頬を真っ赤にしながらはにかむ表情も、当然彼らだって知っているし浮かべてもらったことがあるはずだ。
ただ、一つのベッドの上で体温を分けあったり、むしろ体調が悪いんじゃないかって思うほどの白い肌が汗ばんで赤くなっていく様は、自分だけのものでなければ許さないと思ってはいる。
あのひとと俺がこんな関係に落ち着くまでの、涙なしでは語れない努力の日々はとりあえず脇に置いておくことにして、大切なのは、常にハリネズミみたいにトゲを張り巡らせているアーサーが、俺と恋人同士であり二人は蜜月の真っ最中だって点だ。
そんなアーサーは恐怖の生徒会長と学園中で名を馳せている。恐怖という文字は悪魔とか、鬼とか、残忍とか、いろんなマイナスイメージの言葉にすげ変わったりする。自分でもたまに、どうして好きなのかなと思い悩むほどの極悪非道っぷりなんだ。
悪名轟かせている生徒会長様は登校時間も早いから、朝食をとる時間が重なることも滅多になかった。授業の前に生徒会の仕事をしていたり、校門の前に立って身体検査をしてたりする。そんなことのために早起きするんだから、信じられない。
いまは俺もアメフトの練習があるから時間を捻出しないと会いに行く余裕はなくて、俺たちはドラマの中の恋人同士みたいにすれ違ってばかりだ。
前はそれが当たり前だったから気にならなかったけど、夏期休暇中は朝ベッドから起き上がり夜にまた潜り込むまで、好きなときにくっ付いていられたから、なんだかお腹のところがすかすかしているような気がした。
思い出していたら、会いたくなってきた。
会うたびに憎まれ口の応酬になってしまう俺たちだけど、アーサーと会って話がしたい。今なら彼のまずいスコーンだって食べてあげてもいいのに、どうして今朝のロッカーはがらんどうなんだろう。
あーあ。
忙しい恋人たち特有の悩みを抱えながら、今日も朝の練習を終えてロッカールームで着替えていると、そっと扉が開いてマシューが入ってきた。
フラフラの足取りで疲労困憊していますと伝えながら、こちらに歩み寄り重い動作で隣のロッカーの扉を開ける。
そう言えば、一緒のチームだったはずなのにマシューを見かけなかった。一体どこにいたんだろう。
問いかけると「ずっと一緒にプレイしてたじゃないか……パスは一回も回って来なかったけど!」と怒られた。またすぐにぐったりと、顔を伏せてしまったけれど。
「そうだっけ? それよりもなんでそんなに疲れているんだい。今日の練習はそんなにハードじゃなかっただろう?」
平日は休みの日よりも練習時間が短いので、自然と体力作りや基礎的な練習が主になる。朝なんて模擬試合も出来ないから、あんまり疲れないと思うんだけど。
「そんなこと思うのはアルだけだよ……体力だけはあり余ってるんだから」
「違うぞ! ヒーローは体力だけじゃなく悪に打ち勝つ精神力だってみなぎってるんだからなっ」
「……そうだろうね」
肩のあたりにずっしりと重石を乗せたみたいに、どんどん落ち込んでいくマシューに首を傾げた。
確かに毎日練習をしていれば疲れるし、疲労のあまり元気ではいられない日だってある。だけど、マシューの疲れは肉体的なそれよりも、精神的な、そう、思い悩んでいることがあるもののそれに見えた。
考え続けることに疲れている、そんな姿はアーサーの背中で見慣れているから分かっちゃうんだ。マシューは唯一の俺の兄弟だし、何か心配事があるなら、ヒーローとしても助けてあげたい。
「なにか悩みごと?」
着替え終わってロッカーの扉を閉めながら水を向けると、マシューは俺の顔をちらっと見てから、うろうろと視線を逸らした。
折角相談に乗ってあげようと思ったのに、視線を逸らすなんて失礼じゃないか。俺が相手じゃ不満だって言いたいのかい。
「お、怒らないでよ! 気持ちは嬉しいんだけど、アルには不向きって言うか……多分役に立たないって言うか」
むっとした俺に気が付いたのか、マシューは一歩後退して距離をとった。その言い草にますます納得がいかない。
「君、ちょっとどころでなく失礼だぞっ! ヒーローたる俺が役に立たないことなんてあるもんか! いいから言いなよ!!」
なんとしても聞き出してやる。
開いた距離を一瞬で詰めて、マシューの練習着の襟首を掴んで揺さぶる。がくんがくんしている首元で、フワフワと俺とは違う質感の髪が空気に揺れた。
あ、なんか面白くないことまで思い出した。前にアーサーが「撫でると違いがあって面白いんだよな」とか言っていたことがある。
頭を撫でるようなことをマシューと二人でしているなんて、こっちは面白いはずがない。
「だから怒らないでってば! 言うよっ、言うから」
「舌噛んじゃうよーっ!」という叫びのあとで「いてっ」と声が聞こえたので、仕方なく揺さぶるのは止めた。 口元を押さえて涙目になっている兄弟に、顔の造りは一緒なんだからそんな情けない表情は止めてくれって言いたい。アーサーが喜ぶから。
「で、なにがあったの」
「もう……アルってば、相談に乗ってくれる態度じゃないよ……」
マシューの襟首を掴んだままの恰好は、確かに相談を受けるというより、これから喧嘩をする姿勢に見えなくもない。皺の寄った練習着を整えてやりつつ手を離すと、マシューはホッと息を吐いた。
「言っとくけど、あとから聞きたくなかったとか言わないでね? 文句は受け付けないよ」
忠告はしたからねとしつこく確認してくる兄弟は、俺の性格を熟知していた。
性格というか、苦手なものというか……いやいや、ヒーローはどんな困難にだって打ち勝つものだから、苦手なことだっていつかは乗り越えていけるに決まっているんだ。いまはその時期じゃないだけで。
そして困難とは、相応にして残酷なものでもある。まだ準備が整っていないんだ、待ってくれよと言って立ち止まってくれるものじゃない。
兄弟は正確に、俺のことを理解していた。マシューの忠告を聞かず、どうして話を聞いてしまったのかと聞いたあとでひっそり後悔もした。
けれども、すべては後の祭り。
鳥は飛んで行ってしまったということだ。
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02.ポルターガイスト2
「はっはっはー! デビルなんて非科学的なものが、この世に存在するわけがないんだぞっ。だから確かめに行かないとね! みんなを安心させるのがヒーローの務めなんだから!」
「……なら僕の背中に隠れないでよ」
「なにを言ってるんだい、俺は背後に気を配っているだけだぞっ! 隠れるだなんて、人聞きが悪いなあ」
「もう……僕だって怖いのに……」
とは言いつつも、マシューの足はさくさく進み、立ち止まったり物怖じすることはない。俺は手を置いている彼の肩に引っ張られるように、目的地へと進んだ。
「確かこのあたりなんだよね」
悪魔みたいな声が聞こえて来た場所に、俺たちは到着したらしい。
校舎から遠く離れ、用具庫へと続くあぜ道をはずれた森の中だ。自分の身長よりも高い木がたくさん生えていて、見通しはかなり悪い。よければサボりのスポットなんかにはなりやしないから、当然なんだけど。
日中の明るいときでも、太陽の光は遮られて薄暗かった。こんなところによく一人で待っていられるなと、感心すらしてしまう。
早速マシューと二人できょろきょろと周囲を見回してみる。薄暗い森の中であること以外、変な音も気配も感じられなかった。敷地の外れというだけで、雰囲気は中庭と変わらない。
さっきまで竦みそうだった足もドキドキしていた心臓も次第に落ち着きを取り戻し、俺はマシューの肩から手を離した。ふうっと息を吐いた彼がぐるぐる腕を回している。
「気は済んだかい? 早く戻ろうよ、朝ごはんも食べてないし、授業始まっちゃうよ」
ちらりと腕時計を見て、マシューは校舎の方を指差した。帰りたいのは山々だけど、期待外れなのも確かだ。
「もうちょっと、見回りながら戻ろうよ」
そう言ってさらに奥へと歩みを進めると、マシューはこれ見よがしに深い溜め息を吐いて、俺の後ろをついてくる。
がさがさと葉を踏み締める音の他には何も聞こえず、いつまで経っても怪現象は起こらない。
ただ歩き続けるのにも飽きて、マシューとホームカミングのイベントのこと――誰をダンスに誘うのかとか――を話しつつ顔の前の枝を払うと、視界が唐突に拓けた。
「あれ?」
「どうしたの? あ、どうやら抜けちゃったみたいだね」
目前に広がるのは三つほど並んで建つ用具庫だ。あぜ道に戻ってしまったらしい。
「……つまんないんだぞ」
「なに言ってるのさ。あんなに怖がっておいて。ほら、帰ろうよ」
ぐいぐい俺の腕を引っ張るマシューに抵抗する気も起きなくて、あぜ道の中央まで進み出た。自然と目が向いたのは、触れるのも躊躇しそうなくらい年季の入った用具庫の扉だ。端的に言うと、ボロイ。
外壁の塗装のペンキは剥げてボロボロになっていたし、鉄製の部分は錆びている。この用具庫がいつから放置され続けているのか分からないけど、これで一軒家だったら、さっきの森の中よりもよっぽど雰囲気があったかもしれない。幽霊屋敷みたいで。
でもこの建物は学校の用具庫で、幽霊屋敷なんかじゃない。みすぼらしいだけの何も変哲もない倉庫だ。
今日は引き上げるしかないか。
やはり噂はでたらめで、デビルなんているはずがないんだ。
期待が外れたとがっかりすればいいのか、喜べばいいのか。溜め息を吐きながらあぜ道を戻ろうとすると、今度はさっきまで腕を引っ張っていたマシューが立ち止まってしまった。
振り返れば彼は怪訝そうに用具庫の扉を見つめていた。
「どうしたの。帰ろう帰ろうってうるさかったのはマシューじゃないか」
「…………音が」
「ん?」
もごもご、言うべきか言うまいか、マシューは戸惑いながら視線を合わせてくる。
「いま、用具庫から音がしなかった?」
そうかい? 俺には聞こえなかったぞ。
口を開こうとした瞬間、タイムリーにカタンと、倉庫の中から物が動く音がした。
「………………」
「…………聞こえた、よね?」
ぐっと息を飲む。
鉄製の扉も、コンクリートで出来た灰色の壁も、屋根も、睨み据えても外観に変わったところはひとつもなかった。ただの古い、用具庫。
じゃあ、あの音はどこから?
俺はマシューの腕を振り払うと、急いで用具庫へと駆け寄る。あぜ道のゴロゴロとした石の感触が靴裏から感じられて、走り難いったらなかった。
「ア、アルフレッド!?」
後ろでマシューが呼び止めようとしているけど、構っている余裕はない。
突進する勢いで飛び付いた扉は、鍵が掛かっているのかと思ったら、錆びた南京錠が地面に落ちて土に埋もれていた。
盗まれて困るものがないのだろうけど、鍵の意味がなくなっているじゃないか!
取っ手に指を掛けて扉を思いっきりスライドさせる。
指先に重さと痛みを感じさせて、建てつけが悪くなっているドアは耳障りな音を立てて動いた。真っ暗な室内が入口の方だけ、明るくなる。
「なにやってるのさ!」
背中から腕を掴んで止めようとするマシューを睨んで「君こそ!」と怒鳴り返す。
「ここに悪戯の犯人が隠れているかもしれないんだぞっ」
俺の言葉でようやくその可能性にいきついたらしい。マシューははっとした顔をして、俺の肩越しにおそるおそる用具庫の中を覗きこんだ。
狭い用具庫は入り口から室内の全体が見渡せた。身長の高い棚にはギッシリといろんな用具が置かれ、そのすべてが埃を被って真っ白になっている。
上の物を取るための踏み台なのか、通路の真ん中にパイプ椅子がぽつんと置かれている。パイプの銀色が光を弾いて、場違いにキラキラしていた。
「…………誰かいますかぁ」
マシューがそっと、か細く奥へ向かって問い掛ける。
用具庫の空気をなるべく動かさないように、ふわふわと落ちてくる空気中の埃すら動かさないようにと、本当に小さな声で。
「……例え犯人がいたとしても、いるかって聞かれて『はーい』とは言わないんじゃないかな」
すでに散々、騒いじゃったと思うんだけど、俺の言葉もひそひそとマシューにしか聞こえない程度の音量になってしまった。
「だよねぇ」
さっきの音の原因は、室内に入って確かめるしかなさそうだ。一歩を踏み出した俺の後ろで、マシューがごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
入口にほど近い場所にあった電灯のスイッチを押してみても、室内に明かりはつかなかった。切れているらしい。鍵といい、管理がなっていないじゃないか。今度アーサーに怒ろう。
太陽を背にした俺たちの影は途方もなく長く伸びて、用具庫の床の上をゆらゆらと揺れている。一歩一歩、慎重に歩いているともう一度、カタンと奥の方で音が鳴った。
ちらりとマシューを振り向く。彼にも聞こえたらしい。二人で頷き合って、また歩き出す。
もう目の前に迫っていたパイプ椅子の脇を、通り抜けようと体を傾けたとき。
それは起こった。
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